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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和26年(う)333号 判決

控訴人 被告人 細川庄太郎 弁護人 井上峰亀 外二名

富山地方検察庁検事正名越快治

検察官 小西茂関与

主文

検察官並に被告人の各控訴をいずれも棄却する。

理由

検察官富山地方検察庁検事正名越快治の控訴趣意は、昭和二十六年五月二十五日付控訴趣意書記載の通りであり、弁護人井上峰亀、同鍛冶良作、同古屋東の控訴趣意は、同年六月五日付控訴趣意書並に同年七月十六日付控訴趣意補充申立書記載の通りであり、弁護人古屋東の控訴趣意は同年六月五日付追加控訴趣意書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。

弁護人井上峰亀、同鍛冶良作、同古屋東の論旨第一、第三、第四、第五点(同補充申立書論旨一、二を包含す。)について。

弁護人は、「被告人は、被告人個人経営当時(昭和二十三年度上半期)に於ける細川機業場の収支計算が、四百万円乃至五百万円の欠損となつていることを知つていたので、これより先、出目生糸を売却して、合計四百五万円に上る代価の収入を得ていたけれども、これを前記の欠損と差引きすれば、結局、所得として残るべきものが全くないことに帰着すると考えた結果、自己に納税義務のないことを確信するに至つたので、叙上出目糸の売却による収入については、敢てこれを自己の所得として税務署に申告することがなかつたものであつて、従つて、被告人には、前記所得の黙祕に関し、脱税の犯意がなかつたものである。」旨主張するが、しかしながら、原判決挙示の証拠、ことに、検察官作成に係る被告人の第一、二回供述調書の記載によれば、被告人は、欠損と差引計算の結果、所得が存在しないことになると言う理由で、前記出目生糸の売却による収入を、当局に申告しなかつたものではなく、右の収入は、其の実、当時、統制品であつた生糸を、正規の手続によらずして販売した所謂横流しによる闇売買の代金であつたから、これを自己の所得として公然申告するときは、或は此の事を端緒として、自己の犯罪行為の発覚に至るべきことをおそれ、該収入の存在を売買関係以外の何人にも知らしめず、極力隠蔽秘匿につとめると共に、斯の如き秘匿行為により、租税逋脱の結果を惹起すべきことを十分認識の上情を知らない堀田宗光(細川機業場が被告人の個人経営の下にあつた当時其の使用人であつて法人に改組後細川機業株式会社の常務取締役に就任した者、其の前後を通じ同機業場の経理、納税等に関する事務の担当者である。)をして、該収益に関し、全く記載するところなき、被告人個人の所得申告書を、原判示のごとく税務署に提出するに至らしめ、もつて虚偽の申告をしたものであることを肯認するに十分であるから、此の点に関する論旨は其の理由がない。弁護人は「被告人個人経営当時、(昭和二十三年度上半期)細川機業場の損益計算は、全く欠損の状態にあり、前記出目生糸の売却による収入を秘匿しても、これによつて租税逋脱の結果を生じなかつたものである。」旨、主張するけれども、被告人個人経営当時に於ける細川機業場の損益計算が所論のような欠損になることを確認するに足る資料の提出がないのみならず、仮に、所論のごとく、昭和二十三年九月以降、公定価格の改訂により、細川機業株式会社が、合計一千百万円余に達する収益をあげたにも拘らず、昭和二十三年度を通じた同会社の所得総額が、それより遙かに少いものであつたとしても、その一事よりして、直ちに、被告人個人経営当時に於ける細川機業場の収支決算の結果が赤字であつたものと断定するを得ない。蓋し、一方に於て公定価格の改訂による差益が生じたとしても、他方、其の後に至り、種々の原因により、それ以上の損失を蒙る場合もあり得べく、かくの如き臨時の収益と年度間を通じた所得の差額をもつて、同年上半期における事業上の損失額を算定すべき、合理的な根拠がないからである。なお、原審第二回公判調書中証人小川一雄の供述記載、同公判調書中証人佐々木毅の供述記載に徴すれば、被告人の所得に対する小川調査官の査察の結果は、或は、会計学の原理からすれば、必しも正鵠を得たものでなかつたにしても、同調査官の調査方法は、調査に立会つた機業場関係者の意見を殆ど其のまま採用したものであつて、ことに、甚だしきは、関係者の希望を容れ、自己の算定した所得額の一部を天引控除する等、極めて寛大な方法を採用したものであり、従つて同調査官の算定に係る被告人の所得は、決して所論のごとく過大でなく、これを前年度に於ける被告人の所得と比較するときは寧ろ過小評価の傾向にあることをさえ窺知し得ないでもない。そうして見れば、此の点に関する論旨もまた、其の理由がない。

同論旨第二点について。

弁護人は、「本件申告行為は、税務官吏の指導に従つて為されたものであり、殊に、所得の算定については、収支の実況如何はさておき、一に税務官吏の指示する額をもつて其の額としたものであつて、一般納税者が、いずれも税制改革前の旧慣より脱し切れていない現状を省みるとき被告人が、斯る場合、他の行為に出たであろうことを期待し得る可能性なく、従つて、租税逋脱の結果に対する被告人の責任を阻却すべき事由があるものである。」と主張するけれども、右主張事実は、証拠上これを確認するを得ないのみならず、仮に所論のような事実があつたとしても、税制改革以来、既に第二年目を迎え、一般民衆が新制度について相当認識を深めるに至つた後の事件である本件に於て、たとえ税務官吏が如何なる指示を与えようとも、納税者は飽くまでも、正当な自己の所得を申告すべきであることは言うまでもなく、所論のような事実は、犯人の責任を阻却すべき事由に該当するものと認めることが出来ないから、該論旨もまたその理由がない。

同論旨第六点について。

弁護人は、「被告人は昭和二十五年二月二十二日魚津税務署から追徴税の告知を受けているにも拘らず、其の後に至り、重ねて同一事実につき本件公訴を提起せられるに至つた。すなわち、本件公訴は、同一事実を二重に処罰しようとするものであつて憲法第三十九條に違反するものである。」と、主張するが、追徴税は税法上の制裁であつて一種の行政罰たるに止り刑事法上の刑罰ではない。憲法第三十九条後段の法意とするところは、何人と雖も同一犯行につき、重ねて刑事上の責任を問われるべきでないと言う、所謂一事不再理の原則を表明するに止り、同一の事象に対し、異る見地から別個の判断を下し別個の処分を与えることの一切を禁止しているものではない。被告人に於て其の主張のごとく追徴税を納付した事実があつたとしても、本件公訴の提起は、何等前記憲法第三十九条の規定と牴触するものでないから論旨は理由がない。

検察官並に弁護人古屋東の量刑に関する論旨について。

被告人の性行、経歴、犯罪の状況、就中、租税逋脱の動機、手段、逋脱の額等、諸般の状況を検討し、論旨を斟酌して、其の結果を総合判断するに、被告人に対する原審の量刑は相当である。論旨はいずれも其の理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に則り、主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

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